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testedqualityの(県外の水産高校受験)の記録

県外の水産高校受験を記録し始めて、勝手に水産高校と水産業を応援するブログになりました。

子供自宅謹慎となる

こんにちは。本日ほたての稚貝を初めて食べました。
近所の魚屋に青森むつから養殖業者さんが自ら試食を行っておられました。
何度か売っているのを見たことはありましたが、味噌汁くらいしか思いつかず手を出してませんでした。
ただ試食の様子がこんな感じ。電子レンジが横に常備。鮮魚売り場ではまず見ない風景です。

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これ、なんとその場で稚貝をそのままレンジで温めるため。
その場で一つ食べさせてもらいました・・・「うひゃー!」ってくらいおいしい!
周りの方々も同じ反応。売り方も「レンジ対応トレーですから、そのまま温めるだけ。海がきれいで海中で吊ってますから砂もないです。」
というから、よく売れること。実際に家でやってみましたら子供たちも「うわー!うまーい」 ・・・感動が分け合えるっていいですねぇ。ほたて稚貝は10枚で300円もしないです。ぜひ一度お試しあれ。

 

さて、停学になった話の続きです。
子供と二人で処分発表の会議に出席するため、一緒に新幹線に乗りました。
新幹線も電車も久しぶりですが、いつものように旅行の気分にはなれません。
3時間半かけて長門市に到着、すぐにタクシーで学校へ向かいます。

子供は課題に追われて結構憔悴しております。電話で先生が言ってました。
「課題を何でやっているんだと思いながらやると終わらない量です。没頭してただやることを繰り返すことでやっと反省するだけの余裕が頭にできます」
さて子供にこの意味が通じるのかなぁと思いつつ学校で玄関より入ります。通されたのは応接室。最初の学校見学のときに通されました。まさかもう一度この部屋にくるとは思ってもなかったですよ。

応接室に担任の先生がいらっしゃいました。改めて今回の状況を説明していただきます。そして「今から校長室にて処分の通知を行いますので」と他の先生に声がけされました。

校長室には先生方が4名と校長先生。そして子供と私は先生方と向かい合いました。
「気をつけ!」先生の号令がかかります。校長先生から今回の処分の発表。初めての処分であることから復学を目指した停学。自宅謹慎です。
復学は謹慎中の状態を見てから。つまり未定。それを告げた後子供に対して校長先生が言いました。
「君は今回のことをどう思っているのか、今後どうしていくのか、先生たちではなく、お母さんに言いなさい。
 お母さんは今回のことで遠くから駆けつけてくださいました。わざわざ君を埼玉県から山口まで出してくれたのでしょう?そのお母さんにきちんと向いて言いなさい」
そういわれると、子供がこちらに向きました。

「」・・・ああ、なんだか自分の子供ではないみたいです。きちんと反省の弁を述べるような人に育っていたのか、と、顔を見あげて聞いていました。
ただ、なら何でそんなことしたのよ?その気持ちだけで一杯になりました。
「お母様、よろしいですか?」 校長先生が声がけしてくださいました。目をみてしゃべることなど当分ないでしょう。涙こぼれそうになるので顔をあげたままです。
「あなた、水産系の大学に行きたくて、海に携わることしたくてここに来たんでしょう? これから本当にやってける?」
その声に、逆に子供が目を開きました。
「これからあなたがしたことが、いろんなところで影響して困るだろう。それでもここでやっていこうと思うの?」
「ここでやっていきたいです」
私の顔をみた子供が、驚いて目を見開いたのだけは覚えています。

その後校長室をでてこれからの予定について、担任の先生と話をしました。2日に一度は学校に課題提出をするスケジュールです。
課題は停学処分が解けるまで毎日あります。量は変わらず。まずは2日後同じ時間に学校に持ってくること。
もう正午、いまから帰れば5時過ぎるでしょうか。そこから今日の分をやればきっと深夜を過ぎるでしょう。
それでもやることが課題。やるだけの覚悟をもてるのかな?ここからが本当の謹慎となりました。
学校への通いがあるのでそのまま福岡に子供はとどまることになりました。先生が途中で抜き打ちで福岡に訪問する事にもなってます。
このあたりはじいちゃんに改めてお願いをするしかありません。

学校をでて駅まで歩くことにしました。ご迷惑をかけたところへの謝罪なども行いました。そのうえで昼を食べ電車に乗ります。
新幹線の乗り継ぎが悪いのと、雨が降り出したので少しでも車内にいたくて山陰本線で帰宅。結局夕方過ぎに自宅に戻りました。
ご飯にしてすぐに子供は課題に取り組みます。親への今後のスケジュールなどを書き出しながら付き合って2時過ぎに課題を終えることに。

この課題移動がない自宅謹慎中は学校の時間割と同様に進めます。朝課題の進め方を自分で書く用紙があります。
そこに今日の心構えなどを時間割ごとに最初に書きます。そのうえで学校の時間割通りで進めていくのです。
反省文が毎日ありますが、そこも課題がでており「何が自分の悪かった点なのか」を見つめなおす内容になってます。

最終的にこの課題を9日間子供は行いました。3回目の提出時に保護者が一緒に来るようにと言われ、じいちゃんが身元引受人として出かけていきました。
本当なら父親か私が出ていくなりすべきでしたが日程が前日にしかわからないため、物理的に翌日朝に学校につきませんでした。
私は途中まで見守りを行いましたが、下の子の学校もあるので途中で帰宅しました。最後まで付き合えなかったのが心残りです。

謹慎が解除になった日、じいちゃんが私に電話をしてきて言いました。
「あれは、学校がおおとらんのじゃなかろうか(合わないのではないか?)」「学校やめさせたほうがよかっちゃないか?」
確かにそれは主人もおなじことを言いました。しかし、私は驚いて目を見開いた子供を思い出して、じいちゃんに
「今後どうなるかはしらんけど、大学にもいけんかもしれんけど、本人が居(お)りたいというからにはおらせたい」
じいちゃんは、次回問題をおこしたら退学となることに同意する文書に署名をしてきてます。2度目はありません。
けど皆が心配ながらも無理じゃないかと思っているときだからこそ、私だけは手を放してはいけないと、思いました。
非力な親の、唯一のできることでした。

そんなことを忘れたように今回の春帰宅した子供は「おれスキー行きたい」と皆に謝る前に言い出したので怒られたりとしましたが(´・ω・`)
彼が持ってきた筆箱は、いつの間にか馬事雑言というか、便所の落書き状態で見るに堪えないものでしたが、いやな言葉は塗りつぶしつつ使っている様子をみて「彼もこの数か月いろいろあったのだそうなあ」
とちょっと苦しくなって、やっぱり親は応援するしかないのですね。
先日夜行バスで帰宅した子供は確実にたくましくなっており、それだけで私は幸せだなと思いました。

ということで、ブログも改めて再開いたします。また当分魚やらなんやらのゆるふわで参ります。こんなすちゃらか母ちゃんですが、水産高校や水産業を応援する気持ちは変わりません。
今後ともよろしくお願いいたします。